ふ若い亜米利加《アメリカ》人が自分の家へ遊びに来て、いきなりポケツトから下足札《げそくふだ》を一枚出すと、「何《なん》だかわかるか」と自分に問ひかけた。下足札はまだ木の※[#「均のつくり」、第3水準1−14−75]《にほひ》がする程新しい板の面《おもて》に、俗悪な太い字で「雪の十七番」と書いてある。自分はその書体を見ると、何故《なぜ》か両国《りやうごく》の橋の袂《たもと》へ店を出してゐる甘酒屋《あまざけや》の赤い荷を思ひ出した。が、元より「雪の十七番」の因縁《いんねん》なぞは心得てゐる筈がなかつた。だからこの蒟蒻問答《こんにやくもんだふ》の雲水《うんすゐ》めいた相手の顔を眺めながら、「わからないよ」と簡単な返事をした。するとHは鼻|眼鏡《めがね》の後《うしろ》から妙な瞬《またた》きを一つ送りながら、急ににやにや笑ひ出して、
「これはね。或芸者の記念品《スヴニイル》なんだ。」
「へへえ、記念品《スヴニイル》にしちや又、妙なものを貰つたもんだな。」
自分たちの間《あひだ》には、正月の膳《ぜん》が並んでゐた。Hはちよいと顔をしかめながら、屠蘇《とそ》の盃《さかづき》へ口をあてて、それから吸
前へ
次へ
全13ページ中4ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
芥川 竜之介 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング