た。囲炉裡《いろり》の前には坊主が一人、楽々《らくらく》と足を投げ出していた。坊主はこちらへ背を見せたまま、「誰じゃい?」とただ声をかけた。伝吉はちょいと拍子抜《ひょうしぬ》けを感じた。第一にこう云う坊主の態度は仇《あだ》を持つ人とも思われなかった。第二にその後ろ姿は伝吉の心に描《えが》いていたよりもずっと憔悴《しょうすい》を極めていた。伝吉はほとんど一瞬間人違いではないかと云う疑いさえ抱いた。しかしもう今となってはためらっていられないのは勿論だった。
伝吉は後《うし》ろ手に障子をしめ、「服部平四郎《はっとりへいしろう》」と声をかけた。坊主はそれでも驚きもせずに、不審《ふしん》そうに客を振り返った。が、白刃《しらは》の光りを見ると、咄嵯《とっさ》に法衣《ころも》の膝《ひざ》を起した。榾火《ほたび》に照らされた坊主の顔は骨と皮ばかりになった老人だった。しかし伝吉はその顔のどこかにはっきりと服部平四郎を感じた。
「誰じゃい、おぬしは?」
「伝三の倅《せがれ》の伝吉だ。怨《うら》みはおぬしの身に覚えがあるだろう。」
浄観《じょうかん》は大きい目をしたまま、黙然《もくねん》とただ伝吉を見上
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