せつつ、打ちかくる鍬を引きはずすよと見る間《ま》に、伝三の肩さきへ一太刀《ひとたち》浴びせ、……
「逃げんとするを逃がしもやらず、拝《おが》み打ちに打ち放し、……
「伝吉のありかには気づかずありけん、悠々と刀など押し拭い、いずこともなく立ち去りけり。」(旅硯《たびすずり》)
 脳貧血《のうひんけつ》を起した伝吉のやっと穴の外へ這《は》い出した時には、もうただ芽をふいた桑の根がたに伝三の死骸《しがい》のあるばかりだった。伝吉は死骸にとりすがったなり、いつまでも一人じっとしていたが、涙は不思議にも全然|睫毛《まつげ》を沾《うるお》さなかった。その代りにある感情の火のように心を焦《こ》がすのを感じた。それは父を見殺しにした彼自身に対する怒だった。理が非でも仇《あだ》を返さなければ消えることを知らない怒だった。
 その後《ご》の伝吉の一生はほとんどこの怒のために終始したと云ってもよい。伝吉は父を葬《ほうむ》った後《のち》、長窪《ながくぼ》にいる叔父《おじ》のもとに下男《げなん》同様に住みこむことになった。叔父は枡屋善作《ますやぜんさく》(一説によれば善兵衛《ぜんべえ》)と云う、才覚《さいかく》
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