―後で聞きますと、この蛇もやはり姿を寫す爲にわざ/\あの男が飼つてゐたのださうでございます。
これだけの事を御聞きになつたのでも、良秀の氣違ひじみた、薄氣味の惡い夢中になり方が、略御わかりになつた事でございませう。所が最後に一つ、今度はまだ十三四の弟子が、やはり地獄變の屏風の御かげで、云はば命にも關《かゝは》り兼《か》ねない、恐ろしい目に出遇ひました。その弟子は生れつき色の白い女のやうな男でございましたが、或夜の事、何氣なく師匠の部屋へ呼ばれて參りますと、良秀は燈臺の火の下で掌《てのひら》に何やら腥い肉をのせながら、見慣れない一羽の鳥を養つてゐるのでございます。大きさは先、世の常の猫ほどもございませうか。さう云へば、耳のやうに兩方へつき出た羽毛と云ひ、琥珀のやうな色をした、大きな圓い眼《まなこ》と云ひ、見た所も何となく猫に似て居りました。
十
元來良秀と云ふ男は、何でも自分のしてゐる事に嘴を入れられるのが大嫌ひで、先刻申し上げた蛇などもさうでございますが、自分の部屋の中に何があるか、一切さう云ふ事は弟子たちにも知らせた事がございません。でございますから、或時は机の
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