く、矢庭にそこへ刎ね起きましたが、まだ夢の中の異類異形《いるゐいぎやう》が、※[#「目+匡」、第3水準1−88−81]《まぶた》の後を去らないのでございませう。暫くは唯恐ろしさうな眼つきをして、やはり大きく口を開きながら、空を見つめて居りましたが、やがて我に返つた容子で
「もう好いから、あちらへ行つてくれ」と、今度は如何にも素《そ》つ氣《け》なく、云ひつけるのでございます。弟子はかう云ふ時に逆ふと、何時でも大小言《おほこごと》を云はれるので、※[#「勹<夕」、第3水準1−14−76]々師匠の部屋から出て參りましたが、まだ明い外の日の光を見た時には、まるで自分が惡夢から覺めた樣な、ほつとした氣が致したとか申して居りました。
 しかしこれなぞはまだよい方なので、その後一月ばかりたつてから、今度は又別の弟子が、わざわざ奧へ呼ばれますと、良秀はやはりうす暗い油火の光りの中で、繪筆を噛んで居りましたが、いきなり弟子の方へ向き直つて、
「御苦勞だが、又|裸《はだか》になつて貰はうか。」と申すのでございます。これはその時までにも、どうかすると師匠が云ひつけた事でございますから、弟子は早速衣類をぬぎす
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