てて、赤裸《あかはだか》になりますと、あの男は妙に顏をしかめながら、
「わしは鎖《くさり》で縛られた人間が見たいと思ふのだが、氣の毒でも暫くの間、わしのする通りになつてゐてはくれまいか。」と、その癖少しも氣の毒らしい容子などは見せずに、冷然とかう申しました。元來この弟子は畫筆などを握るよりも、太刀でも持つた方が好ささうな、逞しい若者でございましたが、これには流石に驚いたと見えて、後々までもその時の話を致しますと、「これは師匠が氣が違つて、私を殺すのではないかと思ひました」と繰返して申したさうでございます。が、良秀の方では、相手の愚圖々々してゐるのが、燥《じれ》つたくなつて參つたのでございませう。どこから出したか、細い鐵の鎖をざら/\と手繰《たぐ》りながら、殆ど飛びつくやうな勢ひで、弟子の背中へ乘りかかりますと、否應なしにその儘兩腕を捻ぢあげて、ぐる/\卷きに致してしまひました。さうして又その鎖の端を邪慳にぐいと引きましたからたまりません。弟子の體ははづみを食つて、勢よく床《ゆか》を鳴らしながら、ごろりとそこへ横倒しに倒れてしまつたのでございます。

       九

 その時の弟子の
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