に聞かせたのは僕の祖父の代に女中をしていた「おてつさん」という婆さんである。僕はそんな話のためか、夢とも現《うつつ》ともつかぬ境にいろいろの幽霊に襲われがちだった。しかもそれらの幽霊はたいていは「おてつさん」の顔をしていた。

     一五 馬車

 僕が小学校へはいらぬ前、小さい馬車を驢馬《ろば》に牽《ひ》かせ、そのまた馬車に子供を乗せて、町内をまわる爺《じい》さんがあった。僕はこの小さい馬車に乗って、お竹倉や何かを通りたかった。しかし僕の守《も》りをした「つうや」はなぜかそれを許さなかった。あるいは僕だけ馬車へ乗せるのを危険にでも思ったためかもしれない。けれども青い幌《ほろ》を張った、玩具《おもちゃ》よりもわずかに大きい馬車が小刻みにことこと歩いているのは幼目にもハイカラに見えたものである。

     一六 水屋

 そのころはまた本所《ほんじょ》も井戸の水を使っていた。が、特に飲用水だけは水屋の水を使っていた。僕はいまだに目に見えるように、顔の赤い水屋の爺《じい》さんが水桶《みずおけ》の水を水甕《みずがめ》の中へぶちまける姿を覚えている。そう言えばこの「水屋さん」も夢現《ゆめ
前へ 次へ
全27ページ中8ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
芥川 竜之介 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング