のであろう。

     一三 剥製の雉

 僕の家《うち》へ来る人々の中に「お市さん」という人があった。これは代地《だいち》かどこかにいた柳派の「五《ご》りん」のお上《かみ》さんだった。僕はこの「お市さん」にいろいろの画本《えほん》や玩具《おもちゃ》などを貰《もら》った。その中でも僕を喜ばせたのは大きい剥製《はくせい》の雉《きじ》である。
 僕は小学校を卒業する時、その尾羽根の切れかかった雉を寄附していったように覚えている。が、それは確かではない。ただいまだにおかしいのは雉の剥製を貰った時、父が僕に言った言葉である。
「昔、うちの隣にいた××××(この名前は覚えていない)という人はちょうど元日のしらしら明けの空を白い鳳凰《ほうおう》がたった一羽、中洲《なかず》の方へ飛んで行くのを見たことがあると言っていたよ。もっともでたらめを言う人だったがね」

     一四 幽霊

 僕は小学校へはいっていたころ、どこの長唄《ながうた》の女師匠は亭主の怨霊《おんりょう》にとりつかれているとか、ここの仕事師のお婆《ばあ》さんは嫁の幽霊に責められているとか、いろいろの怪談を聞かせられた。それをまた僕
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