は持っていない。蘭はどこでも石の間に特に一、二|茎《けい》植えたものだった。
九 夢中遊行
僕はそのころも今のように体《からだ》の弱い子供だった。ことに便秘《べんぴ》しさえすれば、必ずひきつける子供だった。僕の記憶に残っているのは僕が最後にひきつけた九歳の時のことである。僕は熱もあったから、床の中に横たわったまま、伯母《おば》の髪を結うのを眺《なが》めていた。そのうちにいつかひきつけたとみえ、寂しい海辺《うみべ》を歩いていた。そのまた海辺には人間よりも化け物に近い女が一人、腰巻き一つになったなり、身投げをするために合掌していた。それは「妙々車《みょうみょうぐるま》」という草双紙《くさぞうし》の中の插画《さしえ》だったらしい。この夢うつつの中の景色だけはいまだにはっきりと覚えている。正気になった時のことは覚えていない。
一〇 「つうや」
僕がいちばん親しんだのは「てつ」ののちにいた「つる」である。僕の家《うち》はそのころから経済状態が悪くなったとみえ、女中もこの「つる」一人ぎりだった。僕は「つる」のことを「つうや」と呼んだ。「つうや」はあたりまえの女よりも
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