ぴらりしょうき》」を愛していた。「金毘羅利生記」の主人公はあるいは僕の記憶に残った第一の作中人物かもしれない。それは岩裂《いわさき》の神という、兜巾鈴懸《ときんすずか》けを装った、目《ま》なざしの恐ろしい大天狗《だいてんぐ》だった。

     七 お狸様

 僕の家《うち》には祖父の代からお狸様《たぬきさま》というものを祀《まつ》っていた。それは赤い布団にのった一対の狸の土偶《でく》だった。僕はこのお狸様にも何か恐怖を感じていた。お狸様を祀ることはどういう因縁によったものか、父や母さえも知らないらしい。しかしいまだに僕の家には薄暗い納戸《なんど》の隅《すみ》の棚《たな》にお狸様の宮を設け、夜は必ずその宮の前に小さい蝋燭《ろうそく》をともしている。

     八 蘭

 僕は時々狭い庭を歩き、父の真似《まね》をして雑草を抜いた。実際庭は水場だけにいろいろの草を生じやすかった。僕はある時|冬青《もち》の木の下に細い一本の草を見つけ、早速それを抜きすててしまった。僕の所業を知った父は「せっかくの蘭《らん》を抜かれた」と何度も母にこぼしていた。が、格別、そのために叱《しか》られたという記憶
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