は前後の分別を失ったとみえ、枕《まくら》もとの行灯《あんどん》をぶら下げたなり、茶の間から座敷を走りまわった。僕はその時座敷の畳に油じみのできたのを覚えている。それからまた夜中の庭に雪の積もっていたのを覚えている。

     五 猫の魂

「てつ」は源《げん》さんへ縁づいたのちも時々僕の家《うち》へ遊びに来た。僕はそのころ「てつ」の話した、こういう怪談を覚えている。――ある日の午後、「てつ」は長火鉢《ながひばち》に頬杖《ほほづえ》をつき、半睡半醒《はんすいはんせい》の境にさまよっていた。すると小さい火の玉が一つ、「てつ」の顔のまわりを飛びめぐり始めた。「てつ」ははっとして目を醒《さ》ました。火の玉はもちろんその時にはもうどこかへ消え失《う》せていた。しかし「てつ」の信ずるところによればそれは四、五日前に死んだ「てつ」の飼い猫《ねこ》の魂がじゃれに来たに違いないというのだった。

     六 草双紙

 僕の家《うち》の本箱には草双紙《くさぞうし》がいっぱいつまっていた。僕はもの心のついたころからこれらの草双紙を愛していた。ことに「西遊記《さいゆうき》」を翻案した「金毘羅利生記《こん
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