年かに没した曾祖父母《そうそふぼ》の位牌だった。僕はもの心のついた時から、この金箔《きんぱく》の黒ずんだ位牌に恐怖に近いものを感じていた。
 僕ののちに聞いたところによれば、曾祖父は奥坊主を勤めていたものの、二人の娘を二人とも花魁《おいらん》に売ったという人だった。のみならずまた曾祖母も曾祖父の夜泊まりを重ねるために家に焚《た》きもののない時には鉈《なた》で縁側を叩《たた》き壊《こわ》し、それを薪《たきぎ》にしたという人だった。

     三 庭木

 新しい僕の家の庭には冬青《もち》、榧《かや》、木斛《もっこく》、かくれみの、臘梅《ろうばい》、八つ手、五葉の松などが植わっていた。僕はそれらの木の中でも特に一本の臘梅を愛した。が、五葉の松だけは何か無気味でならなかった。

     四 「てつ」

 僕の家《うち》には子守《こも》りのほかに「てつ」という女中が一人あった。この女中はのちに「源《げん》さん」という大工のお上さんになったために「源てつ」という渾名《あだな》を貰《もら》ったものである。
 なんでも一月か二月のある夜、(僕は数え年の五つだった)地震のために目をさました「てつ」
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