。すると亜鉛《トタン》の海鼠板《なまこいた》を積んだ荷車が何台も通って行った。
「あれはどこへ行く?」
僕の先輩はこう言った。が、僕はどこへ行くか見当も何もつかなかった。
「寿座! じゃあの荷車に積んであるのは?」
僕は今度は勢い好《よ》く言った。
「ブリッキ!」
しかしそれはいたずらに先輩の冷笑を買うだけだった。
「ブリッキ? あれはトタンというものだ」
僕はこういう問答のため、妙に悄気《しょげ》たことを覚えている。その先輩は中学を出たのち、たちまち肺を犯されて故人になったとかいうことだった。
二六 いじめっ子
幼稚園にはいっていた僕はほとんど誰《だれ》にもいじめられなかった。もっとも本間《ほんま》の徳ちゃんにはたびたび泣かされたものである。しかしそれは喧嘩《けんか》の上だった。したがって僕も三度に一度は徳ちゃんを泣かせた記憶を持っている。徳ちゃんは確か総武鉄道の社長か何かの次男に生まれた、負けぬ気の強い餓鬼大将だった。
しかし小学校へはいるが早いか僕はたちまち世間に多い「いじめっ子」というものにめぐり合った。「いじめっ子」は杉浦誉四郎である。これは僕の隣席
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