い。少なくとも画面の大きさはやっと六尺に四尺くらいである。それから写真の話もまた今のように複雑ではない。僕はその晩の写真のうちに魚を釣《つ》っていた男が一人、大きい魚が針にかかったため、水の中へまっさかさまにひき落とされる画面を覚えている。その男はなんでも麦藁帽《むぎわらぼう》をかぶり、風立った柳や芦《あし》を後ろに長い釣竿《つりざお》を手にしていた。僕は不思議にその男の顔がネルソンに近かったような気がしている。が、それはことによると、僕の記憶の間違いかもしれない。

     二二 川開き

 やはりこの二州楼の桟敷《さじき》に川開きを見ていた時である。大川はもちろん鬼灯提灯《ほおずきぢょうちん》を吊《つ》った無数の船に埋《うず》まっていた。するとその大川の上にどっと何かの雪崩《なだ》れる音がした。僕のまわりにいた客の中には亀清《かめせい》の桟敷が落ちたとか、中村楼の桟敷が落ちたとか、いろいろの噂《うわさ》が伝わりだした。しかし事実は木橋《もっきょう》だった両国橋の欄干が折れ、大勢の人々の落ちた音だった。僕はのちにこの椿事《ちんじ》を幻灯か何かに映したのを見たこともあるように覚えてい
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