た。なんでも晩年|味噌《みそ》を買いに行き、雪上がりの往来で転んだ時にも、やっと家《うち》へ帰ってくると、「それでもまあ褌《ふんどし》だけ新しくってよかった」と言ったそうである。
二〇 学問
僕は小学校へはいった時から、この「お師匠さん」の一人|息子《むすこ》に英語と漢文と習字とを習った。が、どれも進歩しなかった。ただ英語はTやDの発音を覚えたくらいである。それでも僕は夜になると、ナショナル・リイダアや日本外史をかかえ、せっせと相生町《あいおいちょう》二丁目の「お師匠さん」の家へ通って行った。It is a dog――ナショナル・リイダアの最初の一行はたぶんこういう文章だったであろう。しかしそれよりはっきりと僕の記憶に残っているのは、何かの拍子に「お師匠さん」の言った「誰《だれ》とかさんもこのごろじゃ身なりが山水《さんすい》だな」という言葉である。
二一 活動写真
僕がはじめて活動写真を見たのは五つか六つの時だったであろう。僕は確か父といっしょにそういう珍しいものを見物した大川端《おおかわばた》の二州楼へ行った。活動写真は今のように大きい幕に映るのではな
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