らしい変化がない。暖かい砂の上には、やはり船が何艘《なんそう》も眠っている。さっきから倦《う》まずにその下を飛んでいるのは、おおかたこの海に多い鴎《かもめ》であろう。と思うとまた、向こうに日を浴びている漁夫の翁《おきな》も、あいかわらず網をつくろうのに余念がない。こういう風景をながめていると、病弱な樗牛の心の中には、永遠なるものに対する※[#「りっしんべん+淌のつくり」、第3水準1−84−54]※[#「りっしんべん+兄」、第3水準1−84−45]《しょうけい》が汪然《おうぜん》としてわいてくる。日も動かない。砂も動かない。海は――目の前に開いている海も、さながら白昼の寂寞《せきばく》に聞き入ってでもいるかのごとく、雲母《きらら》よりもまぶしい水面を凝然《ぎょうぜん》と平《たいら》に張りつめている。樗牛の吐息はこんな瞬間に、はじめて彼の胸からあふれて出た。――自分はこういう樗牛を想像しながら、長い秋の夜を、いつまでもその文章に対していた。が、同情は昔とちがって、惜しげもなくその美しい文章に注がれるが、しかも樗牛と自分との間には、まだ何かがはさまっている。それは時代であろうか。いや、それは
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