せめ》ぎ合った上には、夏霞《なつがすみ》に煙っている、陰鬱な山々の頂《いただき》があった。そうしてそのまた山々の空には、時々|鷺《さぎ》が両三羽、眩《まばゆ》く翼を閃《ひらめ》かせながら、斜《ななめ》に渡って行く影が見えた。が、この鷺の影を除いては、川筋一帯どこを見ても、ほとんど人を脅《おびやか》すような、明い寂寞が支配していた。
彼は舷《ふなばた》に身を凭《もた》せて、日に蒸《む》された松脂《まつやに》の※[#「均のつくり」、第3水準1−14−75]《におい》を胸一ぱいに吸いこみながら、長い間|独木舟《まるきぶね》を風の吹きやるのに任せていた。実際この寂しい川筋の景色も、幾多の冒険に慣《な》れた素戔嗚には、まるで高天原《たかまがはら》の八衢《やちまた》のように、今では寸分《すんぶん》の刺戟《しげき》さえない、平凡な往来に過ぎないのであった。
夕暮が近くなった時、川幅が狭くなると共に、両岸には蘆《あし》が稀《まれ》になって、節《ふし》くれ立った松の根ばかりが、水と泥との交《まじ》る所を、荒涼と絡《かが》っているようになった。彼は今夜の泊りを考えながら、前よりはやや注意深く、両岸に眼
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