「妹たちは大勢いるのか。」
「十六人居ります。――ただ今姥が知らせに参りましたから、その内に皆御眼にかかりに、出て参るでございましょう。」
 成程《なるほど》そう云われて見れば、あの猿のような老婆の姿は、いつの間にか見えなくなっていた。

        二十六

 素戔嗚《すさのお》は膝を抱えたまま、洞外をどよもす風雨の音にぼんやり耳を傾けていた。すると女は炉の中へ、新に焚き木を加えながら、
「あの――御名前は何とおっしゃいますか。私は大気都姫《おおけつひめ》と申しますが。」と云った。
「おれは素戔嗚だ。」
 彼がこう名乗った時、大気都姫は驚いた眼を挙げて、今更のようにこの無様《ぶざま》な若者を眺めた。素戔嗚の名は彼女の耳にも、明かに熟しているようであった。
「では今まではあの山の向うの、高天原《たかまがはら》の国にいらしったのでございますか。」
 彼は黙って頷《うなず》いた。
「高天原の国は、好《よ》い所だと申すではございませんか。」
 この言葉を聞くと共に、一時静まっていた心頭《しんとう》の怒火《どか》が、また彼の眼の中に燃えあがった。
「高天原の国か。高天原の国は、鼠が猪《い
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