のしし》よりも強い所だ。」
 大気都姫は微笑した。その拍子《ひょうし》に美しい歯が、鮮《あざやか》に火の光に映って見えた。
「ここは何と云う所だ?」
 彼は強いて冷かに、こう話頭を転換した。が、彼女は微笑を含んで、彼の逞《たくま》しい肩のあたりへじっと眼を注いだまま、何ともその問に答えなかった。彼は苛立《いらだ》たしい眉《まゆ》を動かして、もう一度同じ事を繰返した。大気都姫は始めて我に返ったように、滴《したた》るような媚《こび》を眼に浮べて、
「ここでございますか。ここは――ここは猪が鼠より強い所でございます。」と答えた。
 その時|俄《にわか》に人のけはいがして、あの老婆を先頭に、十五人の若い女たちが、風雨にめげた気色《けしき》もなく、ぞろぞろ洞穴《ほらあな》の中へはいって来た。彼等は皆頬に紅《くれない》をさして、高々と黒髪を束《つか》ねていた。それが順々に大気都姫《おおけつひめ》と、親しそうな挨拶《あいさつ》を交換すると、呆気《あっけ》にとられた彼のまわりへ、馴《な》れ馴れしく手《て》ん手《で》に席を占めた。頸珠《くびだま》の色、耳環《みみわ》の光、それから着物の絹ずれの音、――洞
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