うな尋ね方をした。
「おれは主人の帰るのを待っているのだ。」
「待って、――どうなさるのでございますか。」
「太刀打《たちうち》をしようと思うのだ。おれは女を劫《おびやか》して、盗人を働いたなどとは云われたくない。」
女は顔にかかる髪を掻き上げながら、鮮《あざやか》な微笑を浮べて見せた。「それでは御待ちになるがものはございません。私がこの洞穴の主人なのでございますから。」
素戔嗚は意外の感に打たれて、思わず眼を大きくした。
「男は一人もいないのか。」
「一人も居りません。」
「この近くの洞穴には?」
「皆|私《わたくし》の妹たちが、二三人ずつ住んで居ります。」
彼は顔をしかめたまま二三度頭を強く振った。火の光、床《ゆか》の毛皮、それから壁上の太刀《たち》や剣《つるぎ》、――すべてが彼には、怪しげな幻のような心もちがした。殊にこの若い女は、きらびやかな頸珠《くびだま》や剣を飾っているだけに、余計人間離れのした、山媛《やまひめ》のような気がするのであった。しかし風雨の森林を長い間さまよった後《のち》この危害の惧《おそれ》のない、暖な洞穴に坐っているのは、とにかく快いには違いなかった。
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