を抱いていた若者たちは、鞠《まり》のように彼を縛《いまし》めた上、いろいろ乱暴な凌辱《りょうじょく》を加えた。彼は打たれたり蹴《け》られたりする度毎《たびごと》に、ごろごろ地上を転がりまわって、牛の吼《ほ》えるような怒声を挙げた。
部落の老若《ろうにゃく》はことごとく、律《おきて》通り彼を殺して、騒動の罪を贖《つぐな》わせようとした。が、思兼尊《おもいかねのみこと》と手力雄尊《たぢからおのみこと》と、この二人の勢力家だけは、容易に賛同の意を示さなかった。手力雄尊は素戔嗚の罪を憎みながらも、彼の非凡な膂力《りょりょく》には愛惜の情を感じていた。これは同時にまた思兼尊が、むざむざ彼ほどの若者を殺したくない理由でもあった。のみならず尊《みこと》は彼ばかりでなく、すべて人間を殺すと云う事に、極端な嫌悪《けんお》を抱いていた。――
部落の老若は彼の罪を定《さだ》めるために、三日の間議論を重ねた。が、二人の尊たちはどうしても意見を改めなかった。彼等はそこで死刑の代りに、彼を追放に処する事にした。しかしこのまま、彼の縄を解いて、彼に広い国外の自由の天地を与えるのは、到底《とうてい》彼等の忍び難い
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