じ》っていた、眼鼻も見えないような老婆《ろうば》であった。
「何、素戔嗚尊が乱暴を始めた?」
「はい、それ故大勢の若者たちが、尊《みこと》を搦《から》めようと致しますと、平生《へいぜい》尊の味方をする若者たちが承知致しませんで、とうとうあのように何年にもない、大騒動《おおそうどう》が始まったそうでございますよ。」
 思兼尊は考え深い目つきをして、部落に上っている火事の煙と、尊の胸にすがっている娘の顔とを見比べた。娘は月に照らされたせいか、鬢《びん》の乱れた頬の色が、透《す》き徹るかと思うほど青ざめていた。
「火を弄《もてあそ》ぶものは、気をつけないと、――素戔嗚尊ばかりではない。火を弄ぶものは、気をつけないと――」
 尊は皺《しわ》だらけな顔に苦笑を浮べて、今はさらに拡がったらしい火の手を遥に眺めながら、黙って震《ふる》えている姪《めい》の髪を劬《いたわ》るように撫《な》でてやった。

        二十三

 部落の戦いは翌朝《よくちょう》まで続いた。が、寡《か》はついに衆の敵ではなかった。素戔嗚《すさのお》は味方の若者たちと共に、とうとう敵の手に生捉《いけど》られた。日頃彼に悪意
前へ 次へ
全106ページ中66ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
芥川 竜之介 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング