来た。彼等のある者は髪を垂れた、十《とお》には足りない童児《どうじ》であった。ある者は肌も見えるくらい、襟や裳紐《もすそひも》を取り乱した、寝起きらしい娘であった。そうしてまたある者は弓よりも猶《なお》腰の曲った、立居さえ苦しそうな老婆であった。彼等は草山の上まで来ると、云い合せたように皆足を止めて、月夜の空を焦《こが》している部落の火事へ眼を返した。が、やがてその中の一人が、楡《にれ》の根がたに佇《たたず》んだ老人の姿を見るや否や、気づかわしそうに寄り添った。この足弱の一群からは、「思兼尊《おもいかねのみこと》、思兼尊。」と云う言葉が、ため息と一しょに溢《あふ》れて来た。と同時に胸も露《あら》わな、夜目にも美しい娘が一人、「伯父様。」と声をかけながら、こちらを振り向いた老人の方へ、小鳥のように身軽く走り寄った。
「どうしたのだ、あの騒ぎは。」
思兼尊はまだ眉《まゆ》をひそめながら、取りすがった娘を片手に抱《だ》いて、誰にともなくこう尋ねた。
「素戔嗚尊《すさのおのみこと》がどうした事か、急に乱暴を始めたとか申す事でございますよ。」
答えたのはあの快活な娘でなくて、彼等の中に交《ま
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