そうしてその玉は渡したのだな。」
「渡しました。渡しましたが――」
若者は逡巡《しゅんじゅん》した。
「渡しましたが――あの娘は――何しろああ云う娘ですし、――白鳥《はくちょう》は山鴉《やまがらす》になどと――、失礼な口上ですが、――受け取らないと申し――」
若者は皆まで云わない内に、仰向けにどうと蹴倒《けたお》された。蹴倒されたと思うと、大きな拳《こぶし》がしたたか彼の頭を打った。その拍子に燈火《ともしび》の盞《さら》が落ちて、あたりの床《ゆか》に乱れた藁《わら》は、たちまち、一面の炎になった。牛飼いの若者はその火に毛脛《けずね》を焼かれながら、悲鳴を挙げて飛び起きると、無我夢中に高這《たかば》いをして、裏手の方へ逃げ出そうとした。
怒り狂った素戔嗚は、まるで傷《きずつ》いた猪《いのしし》のように、猛然とその後から飛びかかった。いや、将《まさ》に飛びかかろうとした時、今度は足もとに倒れていた、美貌の若者が身を起すと、これも死物狂に剣《つるぎ》を抜いて、火の中《うち》に片膝ついたまま、いきなり彼の足を払おうとした。
二十一
その剣の光を見ると、突然|素戔嗚《
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