た。
「それがこの男の頸《くび》に懸っているのは一体どうした始末なのだ?」
素戔嗚はあの美貌の若者へ、燃えるような瞳《ひとみ》を移した。が、彼はやはり藁の中に、気を失ったのか、仮死《そらじに》か、眼を閉じたまま倒れていた。
「渡したと云うのは嘘か?」
「いえ、嘘じゃありません。ほんとうです。ほんとうです。」
牛飼いの若者は、始めて必死の声を出した。
「ほんとうですが、――ですが、実はあの琅※[#「王へん+干」、第3水準1−87−83]《ろうかん》の代りに、珊瑚《さんご》の――その管玉《くだたま》を……」
「どうしてまたそんな真似《まね》をしたのだ?」
素戔嗚の声は雷《いかずち》のごとく、度《ど》を失った若者の心を一言毎《ひとことごと》に打ち砕いた。彼はとうとうしどろもどろに、美貌の若者が勧《すす》める通り、琅※[#「王へん+干」、第3水準1−87−83]と珊瑚と取り換えた上、礼には黒馬を貰った事まで残りなく白状してしまった。その話を聞いている内に、刻々素戔嗚の心の中《うち》には、泣きたいような、叫びたいような息苦しい羞憤《しゅうふん》の念が、大風のごとく昂《たか》まって来た。
「
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