さまに投げこまれたのであった。

        二十

 家の中にはあの牛飼の若者が、土器《かわらけ》にともした油火《あぶらび》の下に、夜なべの藁沓《わらぐつ》を造っていた。彼は戸口に思いがけない人のけはいが聞えた時、一瞬間|忙《せわ》しい手を止めて、用心深く耳を澄ませたが、その途端《とたん》に軒の簾が、大きく夜を煽《あお》ったと思うと、突然一人の若者が、取り乱した藁《わら》のまん中へ、仰向けざまに転げ落ちた。
 彼はさすがに胆《きも》を消して、うっかりあぐらを組んだまま、半ば引きちぎられた簾の外へ、思わず狼狽《ろうばい》の視線を飛ばせた。するとそこには素戔嗚《すさのお》が、油火の光を全身に浴びて、顔中に怒りを漲《みなぎ》らせながら、小山のごとく戸口を塞《ふさ》いでいた。若者はその姿を見るや否や、死人のような色になって、しばらくただ狭い家の中をきょろきょろ見廻すよりほかはなかった。素戔嗚は荒々しく若者の前へ歩み寄ると、じっと彼の顔を睨《にら》み据えて、
「おい、貴様は確かにあの娘へ、おれの勾玉《まがたま》を渡したと云ったな。」と忌々《いまいま》しそうな声をかけた。
 若者は答えなかっ
前へ 次へ
全106ページ中58ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
芥川 竜之介 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング