若者の襟《えり》をしっかり掴《つか》んだ。
「何をする。」
若者は思わずよろめきながら、さすがに懸命の力を絞《しぼ》って、とられた襟を振り離そうとした。が、彼の手はさながら万力《まんりき》にかけたごとく、いくらもがいても離れなかった。
十九
「貴様はこの勾玉《まがたま》を誰に貰った?」
素戔嗚《すさのお》は相手の喉《のど》をしめ上げながら噛《か》みつくようにこう尋ねた。
「離せ。こら、何をする。離さないか。」
「貴様が白状するまでは離さない。」
「離さないと――」
若者は襟を取られたまま、斑竹《はんちく》の笛をふり上げて、横払いに相手を打とうとした。が、素戔嗚は手もとを緩《ゆる》めるまでもなく、遊んでいた片手を動かして、苦もなくその笛を※[#「てへん+丑」、第4水準2−12−93]《ね》じ取ってしまった。
「さあ、白状しろ。さもないと、貴様を絞殺《しめころ》すぞ。」
実際素戔嗚の心の中には、狂暴な怒が燃え立っていた。
「この勾玉は――おれが――おれが馬と取換えたのだ。」
「嘘をつけ。これはおれが――」
「あの娘に」と云う言葉が、何故か素戔嗚の舌を硬《こわ》ば
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