くは入日《いりひ》の光に煙った河原蓬《かわらよもぎ》の中へ佇《たたず》みながら、艶々《つやつや》と水をかぶっている黒馬の毛並《けなみ》を眺めていた。が、追い追いその沈黙が、妙に苦しくなり始めたので、とり敢えず話題を開拓すべく、目前の馬を指さしながら、
「好い馬だな。持主は誰だい。」と、まず声をかけた。すると意外にも若者は得意らしい眼を挙げて、
「私です。」と返事をした。
「そうか。そりゃ――」
彼は感嘆の言葉を呑みこむと、また元の通り口を噤《つぐ》んでしまった。が、さすがに若者は素知《そし》らぬ顔も出来ないと見えて、
「先達《せんだって》あの勾玉《まがたま》を御預りしましたが――」と、ためらい勝ちに切り出した。
「うん、渡してくれたかい。」
彼の眼は子供のように、純粋な感情を湛《たた》えていた、若者は彼と眼を合わすと、慌《あわ》ててその視線を避けながら、故《ことさら》に馬の足掻《あが》くのを叱って、
「ええ、渡しました。」
「そうか。それでおれも安心した。」
「ですが――」
「ですが? 何だい。」
「急には御返事が出来ないと云う事でした。」
「何、急がなくっても好い。」
彼は元気
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