やき》の甕《かめ》を頭の上に載せながら、四五人の部落の女たちと一しょに、ちょうど白椿《しろつばき》の下を去ろうとしていた。が、彼の顔を見ると、彼女は急に唇を歪《ゆが》めて、蔑《さげす》むような表情を水々しい眼に浮べたまま、昂然《こうぜん》と一人先に立って、彼の傍を通り過ぎた。彼はいつもの通り顔を赤めた上に、その日は何とも名状し難い不快な感じまで味わされた。「おれは莫迦《ばか》だ。あの娘はたとい生まれ変っても、おれの妻になるような女ではない。」――そう云う絶望に近い心もちも、しばらくは彼を離れなかった。しかし牛飼の若者が、否やの返事を持って来ない事は、人の好い彼に多少ながら、希望を抱かせる力になった。彼はそれ以来すべてをこの未知の答えに懸けて、二度と苦しい思いをしないために、当分はあの噴き井の近くへも立ち寄るまいと私《ひそ》かに決心した。
 ところが彼はある日の日暮、天《あめ》の安河《やすかわ》の河原《かわら》を歩いていると、折からその若者が馬を洗っているのに出会った。若者は彼に見つかった事が、明かに気まずいようであった。同時に彼も何となく口が利《き》き悪《にく》い気もちになって、しばら
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