れてしまった時、さらに一人の若者が、のそのそそこへ下《くだ》って来た。夕日の光はとうに薄れて、あたりにはもう靄《もや》さえ動いていたが、その若者が素戔嗚だと云う事は、一目見てさえ知れる事であった。彼は今日射止めたらしい山鳥を二三羽肩にかけて、悠々と楡の下まで来ると、しばらく疲れた足を休めて、暮色の中に横たわっている部落の屋根を見下した。そうして独り唇に幸福な微笑を漂《ただよ》わせた。
 何も知らない素戔嗚は、あの快活な娘の姿を心に思い浮べたのであった。

        十七

 素戔嗚《すさのお》は一日一日と、若者の返事を待ち暮した。が、若者はいつになっても、容易に消息を齋《もたら》さなかった。のみならず故意か偶然か、ほとんどその後素戔嗚とは顔も合さないぐらいであった。彼は若者の計画が失敗したのではないかと思った。そのために彼と会う事が恥しいのではないかと思った。が、そのまた一方では、やはりまだあの快活な娘に、近づく機会がないのかも知れないと思い返さずにはいられなかった。
 その間に彼はあの娘と、朝早く同じ噴《ふ》き井《い》の前で、たった一度落合った事があった。娘は例のごとく素焼《す
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