そうな眼を落しながら、
「これは立派な勾玉ですね、こんな性《たち》の好い琅※[#「王へん+干」、第3水準1−87−83]は、そう沢山はありますまい。」
「この国の物じゃない。海の向うにいる玉造《たまつくり》が、七日《なぬか》七晩《ななばん》磨いたと云う玉だ。」
 彼は腹立たしそうにこう云うと、くるりと若者に背《せな》を向けて、大股に噴《ふ》き井《い》から歩み去った。若者はしかし勾玉を掌《てのひら》の上に載せながら、慌《あわ》てて後を追いかけて来た。
「待っていて下さい。必ず二三日中には、吉左右《きっそう》を御聞かせしますから。」
「うん、急がなくって好いが。」
 彼等は倭衣《しずり》の肩を並べて、絶え間なく飛び交《か》う燕《つばくら》の中を山の方へ歩いて行った。後には若者の投げた椿の花が、中高《なかだか》になった噴き井の水に、まだくるくる廻りながら、流れもせず浮んでいた。
 その日の暮方《くれがた》、若者は例の草山の楡《にれ》の根がたに腰を下して、また素戔嗚に預けられた勾玉を掌へ載せて見ながら、あの娘に云い寄るべき手段をいろいろ考えていた。するとそこへもう一人の若者が、斑竹《はんちく》
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