の笛《ふえ》を帯へさして、ぶらりと山を下って来た。それは部落の若者たちの中でも、最も精巧な勾玉や釧《くしろ》の所有者として知られている、背《せい》の高い美貌《びぼう》の若者であった。彼はそこを通りかかると、どう思ったかふと足を止めて、楡の下の若者に「おい、君。」と声をかけた。若者は慌てて、顔を挙げた。が、彼はこの風流な若者が、彼の崇拝する素戔嗚の敵の一人だと云う事を承知していた。そこでいかにも無愛想《ぶあいそ》に、
「何か御用ですか。」と返事をした。
「ちょいとその勾玉を見せてくれないか。」
 若者は苦《にが》い顔をしながら、琅※[#「王へん+干」、第3水準1−87−83]を相手の手に渡した。
「君の玉かい。」
「いいえ、素戔嗚尊《すさのおのみこと》の玉です。」
 今度は相手の若者の方が、苦い顔をしずにはいられなかった。
「じゃいつもあの男が、自慢《じまん》そうに下げている玉だ。もっともこのほかに下げているのは、石塊《いしころ》同様の玉ばかりだが。」
 若者は毒口《どくぐち》を利きながら、しばらくその勾玉を弄《もてあそ》んでいたが、自分もその楡の根がたへ楽々と腰を下すと、
「どうだろう
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