た。もしあの娘が尊の姪なら――彼は眼を足もとの石から挙げると、やはり顔をしかめたなり、
「そうして勾玉をどうするのだ?」と云った。
 しかし彼の眼の中には、明かに今まで見えなかった希望の色が動いていた。

        十五

 若者の答えは無造作《むぞうさ》であった。
「何、その勾玉をあの娘に渡して、あなたの思召しを伝えるのです。」
 素戔嗚《すさのお》はちょいとためらった。この男の弁舌を弄《ろう》する事は、何となく彼には不快であった。と云って彼自身、彼の心を相手に訴えるだけの勇気もなかった。若者は彼の醜い顔に躊躇《ちゅうちょ》の色が動くのを見ると、わざと冷やかに言葉を継《つ》いだ。
「御嫌《おいや》なら仕方はありませんが。」
 二人はしばらくの間黙っていた。が、やがて素戔嗚は頸《くび》に懸けた勾玉《まがたま》の中から、美しい琅※[#「王へん+干」、第3水準1−87−83]《ろうかん》の玉を抜いて、無言のまま若者の手に渡した。それは彼が何よりも、大事にかけて持っている、歿《な》くなった母の遺物《かたみ》であった。
 若者はその琅※[#「王へん+干」、第3水準1−87−83]に物欲し
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