と相手は狡猾《こうかつ》そうに、じろりと彼の顔へ眼をやって、
「じゃ云いますよ。あなたは今ここへ水を汲みに来ていた、十五六の娘が御好きでしょう。」
彼は苦《にが》い顔をして、相手の眉《まゆ》の間を睨《にら》みつけた。が、内心は少からず、狼狽《ろうばい》に狼狽を重ねていた。
「御好きじゃありませんか、あの思兼尊《おもいかねのみこと》の姪《めい》を。」
「そうか。あれは思兼尊の姪か。」
彼は際《きわ》どい声を出した。若者はその容子《ようす》を見ると、凱歌《がいか》を挙げるように笑い出した。
「そら、御覧なさい。隠したってすぐに露《あら》われます。」
彼はまた口を噤《つぐ》んで、じっと足もとの石を見つめていた。水沫《しぶき》を浴びた石の間には、疎《まばら》に羊歯《しだ》の葉が芽ぐんでいた。
「ですから私に勾玉を一つ、御よこしなさいと云うのです。御好きならまた御好きなように、取計らいようもあるじゃありませんか。」
若者は鞭《むち》を弄《もてあそ》びながら、透《す》かさず彼を追窮した。彼の記憶には二三日前に、思兼尊と話し合った、あの古沼のほとりの柳の花が、たちまち鮮《あざやか》に浮んで来
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