。それにつれて彼等のある者は、笑顔を後《うしろ》へ振り向けながら、足も止めずに素戔嗚の方へ、嘲るような視線を送りなぞした。
噴き井の水を飲んでいた彼は、幸《さいわい》その視線に煩《わずら》わされなかった。しかし彼等の笑い声を聞くと、いよいよ妙に間が悪くなって、今更飲みたくもない水を、もう一杯手で掬って飲んだ。すると中高《なかだか》になった噴き井の水に、意外にも誰か人の姿が、咄嗟《とっさ》に覚束《おぼつか》ない影を落した。素戔嗚は慌《あわ》てた眼を挙げて、噴き井の向うの白椿の下へ、鞭《むち》を持った一人の若者が、のそのそと歩み寄ったのと顔を合せた。それは先日草山の喧嘩に、とうとう彼まで巻添《まきぞ》えにした、あの牛飼《うしかい》の崇拝者であった。
「お早うございます。」
若者は愛想《あいそ》笑いを見せながら、恭《うやうや》しく彼に会釈《えしゃく》をした。
「お早う。」
彼はこの若者にまで、狼狽《ろうばい》した所を見られたかと思うと、思わず顔をしかめずにはいられなかった。
十四
が、若者はさり気《げ》ない調子で、噴き井の上に枝垂《しだ》れかかった白椿の花を※[#
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