礫《こいし》を打つように飛んで行った。
十三
その間もあの快活《かいかつ》な娘の姿は、絶えず素戔嗚《すさのお》の心を領していた。殊に時たま部落の内外で、偶然彼女と顔を合わせると、ほとんどあの山腹の柏《かしわ》の下で、始めて彼女と遇《あ》った時のように、訳もなく顔が熱くなったり、胸がはずんだりするのが常であった。が、彼女はいつも取澄まして、全然彼を見知らないかのごとく、頭を下げる容子《ようす》も見せなかった。――
ある朝彼は山へ行く途中、ちょうど部落のはずれにある噴《ふ》き井《い》の前を通りかかると、あの娘が三四人の女たちと一しょに、水甕《みずがめ》へ水を汲《く》んでいるのに遇《あ》った。噴き井の上には白椿《しろつばき》が、まだ疎《まばら》に咲き残って、絶えず湧きこぼれる水の水沫《しぶき》は、その花と葉とを洩《も》れる日の光に、かすかな虹《にじ》を描いていた。娘は身をかがめながら、苔蒸《こけむ》した井筒《いづつ》に溢《あふ》れる水を素焼《すやき》の甕《かめ》へ落していたが、ほかの女たちはもう水を汲《く》み了《お》えたのか、皆甕を頭に載せて、しっきりなく飛び交《か》
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