り打たれたりし出した。あたりに草を食《は》んでいた牛や馬も、この騒ぎに驚いて、四方へ一度に逃げて行った。が、それらの飼い主たちは拳を揮《ふる》うのに夢中になって、しばらくは誰も家畜の行方《ゆくえ》に気をとめる容子《ようす》は見えなかった。
が、その内に素戔嗚と争ったものは、手を折られたり、足を挫《くじ》かれたりして、だんだん浮き足が立つようになった。そうしてとうとうしまいには、誰からともなく算を乱して、意気地《いくじ》なく草山を逃げ下《くだ》って行った。
素戔嗚は相手を追い払うと、今度は彼の崇拝者が、まだ彼等に未練があるのを押し止《とど》めなければならなかった。
「騒ぐな。騒ぐな。逃げるものは逃がしてやるのが好《い》いのだ。」
若者はやっと彼の手を離れると、べたりと草の上へ坐ってしまった。彼が手ひどく殴《なぐ》られた事は、一面に地腫《じばれ》のした彼の顔が、明白に語っている事実であった。素戔嗚は彼の顔を見ると、腹立たしい心のどん底から、急に可笑《おか》しさがこみ上げて来た。
「どうした? 怪我《けが》はしなかったか?」
「何、したってかまいはしません。今日と云う今日こそあいつらに
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