、一泡吹かせてやったのですから。――それよりあなたこそ、御怪我はありませんか。」
「うん、瘤《こぶ》が一つ出来ただけだった。」
 素戔嗚はこう云う一言に忌々《いまいま》しさを吐き出しながら、そこにあった一本の楡《にれ》の根本《ねもと》に腰を下した。彼の眼の前には部落の屋根が、草山の腹にさす夕日の光の中に、やはり赤々と浮き上っていた。その景色が素戔嗚には、不思議に感じるくらい平和に見えた。それだけまた今までの格闘《かくとう》が、夢のような気さえしないではなかった。
 二人は草を敷いたまま、しばらくは黙って物静な部落の日暮を見下していた。
「どうです。瘤は痛みますか。」
「大して痛まない。」
「米《こめ》を噛《か》んでつけて置くと好《い》いそうですよ。」
「そうか。それは好い事を聞いた。」

        十一

 ちょうどこの喧嘩《けんか》と同じように、素戔嗚《すさのお》は次第にある一団の若者たちを嫌でも敵にしなければならなくなった。しかしそれが数の上から云うと、ほとんどこの部落の若者たちの三分の二以上の多数であった。この連中は彼の味方が、彼を首領と仰ぐように、思兼尊《おもいかねのみこ
前へ 次へ
全106ページ中32ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
芥川 竜之介 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング