のごとく彼に仕えるために、反《かえ》って彼の反感を買った事がある男に違いなかった。
彼は彼等の姿を見ると、咄嗟《とっさ》に何事か起りそうな、忌《いま》わしい予感に襲われた。しかしここへ来かかった以上、元《もと》より彼等の口論を見て過ぎる訳にも行かなかった。そこで彼はまず見覚えのある、その一人の若者に、
「どうしたのだ。」と声をかけた。
その男は彼の顔を見ると、まるで百万の味方にでも遭《あ》ったように、嬉しそうに眼を輝かせながら、相手の若者たちの理不尽《りふじん》な事を滔々《とうとう》と早口にしゃべり出した。何でもその言葉によると、彼等はその男を憎むあまり、彼の飼っている牛馬をも傷《きずつ》けたり虐《いじ》めたりするらしかった。彼はそう云う不平を鳴す間も、時々相手を睨《にら》みつけて、
「逃げるなよ。今に返報をしてやるから。」などと、素戔嗚の勇力を笠に着た、横柄《おうへい》な文句を並べたりした。
十
素戔嗚《すさのお》は彼の不平を聞き流してから、相手の若者たちの方を向いて、野蛮《やばん》な彼にも似合わない、調停の言葉を述べようとした。するとその刹那《せつな》に彼
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