出来るだけ、こう云う争いを起させまいとした。が、彼等は彼等自身のために、彼の意嚮《いこう》には頓着なく、ほとんど何事にも軋轢《あつれき》し合った。そこには何か宿命的な、必然の力も動いていた。彼は敵味方の反目に不快な感じを抱きながら、しかもその反目のただ中へ、我知らず次第に引き込まれて行った。――
 現に一度はこう云うことがあった。
 ある麗《うらら》かな春の日暮、彼は弓矢をたばさみながら、部落の後に拡がっている草山《くさやま》を独《ひと》り下《くだ》って来た。その時の彼の心の中《うち》には、さっき射損じた一頭の牡鹿《おじか》が、まだ折々は未練がましく、鮮《あざや》かな姿を浮べていた。ところが草山がやや平《たいら》になって、一本の楡《にれ》の若葉の下に、夕日を浴びた部落の屋根が一目に見えるあたりまで来ると、そこには四五人の若者たちが、一人の若者を相手にして、頻《しきり》に何か云い争っていた。彼等が皆この草山へ、牛馬を飼《か》いに来るものたちだと云う事は、彼等のまわりに草を食《は》んでいる家畜を見ても明らかであった。殊にその一人の若者は、彼を崇拝する若者たちの中でも、ほとんど奴僕《ぬぼく》
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