彼の耳を襲って来る女たちの声に驚嘆していた。が、やがて勇気を振い起すと、胸に組んでいた腕を解いて、今にも彼等を片っ端から薙倒《なぎたお》しそうな擬勢《ぎせい》を示しながら、雷《いかずち》のように怒鳴りつけた。
「うるさい。嘘でなければ、早く向うへ行け。行かないと、――」
女たちはさすがに驚いたらしく、慌《あわ》てて彼の側《かたわら》を飛びのいた。が、すぐにまた声を立てて笑いながら、ちょうど足もとに咲いていた嫁菜《よめな》の花を摘み取っては、一斉《いっせい》に彼へ抛りつけた。薄紫の嫁菜の花は所嫌わず紛々と、素戔嗚尊の体に降りかかった。彼はこの※[#「均のつくり」、第3水準1−14−75]《におい》の好い雨を浴びたまま、呆気《あっけ》にとられて立ちすくんでいた。が、たちまち今怒鳴りつけた事を思い出して、両腕を大きく開くや否や、猛然と悪戯《いたずら》な女たちの方へ、二足《ふたあし》三足《みあし》突進した。
彼等はしかしその瞬間に、素早く林の外へ逃げて行った。彼は茫然と立ち止《どま》ったなり、次第に遠くなる領巾《ひれ》の色を、見送るともなく見送った。それからあたりの草の上に、点々と優しくこ
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