にいらしったの?」
 やっと笑い止んだ女たちの一人は蔑《さげす》むようにこう云いながら、じろじろ彼の姿を眺めた。が、その声には、まだ抑え切れない可笑《おか》しさが残っているようであった。
「あすこにいた。あの柏の枝の上に。」
 素戔嗚は両腕を胸に組んで、やはり傲然と返事をした。

        八

 女たちは彼の答を聞くと、もう一度顔を見合せて笑い出した。それが素戔嗚尊《すさのおのみこと》には腹も立てば同時にまた何となく嬉しいような心もちもした。彼は醜い顔をしかめながら、故《ことさら》に彼等を脅《おびやか》すべく、一層|不機嫌《ふきげん》らしい眼つきを見せた。
「何が可笑《おか》しい?」
 が、彼等には彼の威嚇《いかく》も、一向効果がないらしかった。彼等はさんざん笑ってから、ようやく彼の方を向くと、今度はもう一人がやや恥しそうに、美しい領巾《ひれ》を弄《もてあそ》びながら、
「じゃどうしてまた、あすこから下りていらしったの?」と云った。
「鳩《はと》を助けてやろうと思ったのだ。」
「私《あたし》たちだって助けてやる心算《つもり》でしたわ。」
 三番目の娘は笑いながら、活《い》き活《
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