ようとするものはなかった。
六
高天原《たかまがはら》の国の若者たちは、それ以来この容貌の醜い若者に冷淡を装《よそお》う事が出来なくなった。彼等のある一団は彼の非凡な腕力に露骨な嫉妬《しっと》を示し出した。他の一団はまた犬のごとく盲目的に彼を崇拝した。さらにまた他の一団は彼の野性と御目出度《おめでた》さとに残酷な嘲笑《ちょうしょう》を浴せかけた。最後に数人の若者たちは心から彼に信服した。が、敵味方の差別なく彼等がいずれも彼に対して、一種の威圧を感じ始めた事は、打ち消しようのない事実であった。
こう云う彼等の感情の変化は、勿論彼自身も見逃さなかった。が、彼のために悲惨な死を招いた、あの猪首《いくび》の若者の記憶は、未だに彼の心の底に傷《いた》ましい痕跡《こんせき》を残していた。この記憶を抱《いだ》いている彼は、彼等の好意と反感との前に、いずれも当惑に似た感じを味わないではいられなかった。殊に彼を尊敬する一団の若者たちに接する時は、ほとんど童女にでも似つかわしい羞恥《しゅうち》の情さえ感じ勝ちであった。これが彼の味方には、今までよりまた一層、彼に好意の目《ま》なざし
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