と、素戔嗚《すさのお》は項《うなじ》を反《そ》らせながら、愉快そうに黄昏《たそがれ》の川を見廻した。
「その高志《こし》の大蛇《おろち》と云うのは、一体どんな怪物なのです。」「人の噂《うわさ》を聞きますと、頭《かしら》と尾とが八つある、八つの谷にも亘《わたる》るくらい、大きな蛇《くちなわ》だとか申す事でございます。」
「そうですか。それは好《よ》い事を聞きました。そんな怪物には何年にも、出合った事がありませんから、話を聞いたばかりでも、力瘤《ちからこぶ》の動くような気がします。」
櫛名田姫は心配そうに、そっと涼しい眼を挙げて、無頓着な彼を見守った。
「こう申す内にもいつ何時《なんどき》、大蛇が参るかわかりませんが、あなたは――」
「大蛇を退治《たいじ》する心算《つもり》です。」
彼はきっぱりこう答えると、両腕を胸に組んだまま、静に一枚岩の上を歩き出した。
「退治すると仰有《おっしゃ》っても、大蛇は只今申し上げた通り、一方《ひとかた》ならない神でございますから――」
「そうです。」
「万一あなたがそのために、御怪我《おけが》をなさらないとも限りませんし、――」
「そうです。」
「どう
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