は頭の具合《ぐあひ》も妙になつたとかいふことだつた。僕はお宗さんの髪の毛も何か頭の病気のために薄いのではないかと思つてゐる。お宗さんの使つた毛生え薬は何も売薬《ばいやく》ばかりではない。お宗さんはいつか蝙蝠《かうもり》の生き血を一面に頭に塗りつけてゐた。
「鼠の子の生き血も善《よ》いといふんですけれども。」
お宗さんは円《まる》い目をくるくるさせながら、きよとんとしてこんなことも言つたものだつた。
二 裏畠
それはKさんの家の後《うし》ろにある二百坪ばかりの畠《はたけ》だつた。Kさんはそこに野菜のほかにもポンポン・ダリアを作つてゐた。その畠を塞《ふさ》いでゐるのは一日に五、六度汽車の通る一間《いつけん》ばかりの堤《つつみ》だつた。
或夏も暮れかかつた午後、Kさんはこの畠へ出、もう花もまれになつたポンポン・ダリアに鋏《はさみ》を入れてゐた。すると汽車は堤の上をどつと一息《ひといき》に通りすぎながら、何度も鋭い非常警笛を鳴らした。同時に何か黒いものが一つ畠の隅へころげ落ちた。Kさんはそちらを見る拍子《ひやうし》に「又|庭鳥《にはとり》がやられたな」と思つた。それは実際黒
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