中にかう言ふ囚徒の経験する精神的苦痛を経験した。のみならず――
 のみならず彼の教師と言ふものを最も憎んだのも中学だつた。教師は皆個人としては悪人ではなかつたに違ひなかつた。しかし「教育上の責任」は――殊に生徒を処罰する権利はおのづから彼等を暴君にした。彼等は彼等の偏見を生徒の心へ種痘する為には如何なる手段をも選ばなかつた。現に彼等の或ものは、――達磨《だるま》と言ふ諢名のある英語の教師は「生意気である」と言ふ為に度たび信輔に体刑を課した。が、その「生意気である」所以は畢竟信輔の独歩や花袋を読んでゐることに外ならなかつた。又彼等の或ものは――それは左の眼に義眼をした国語漢文の教師だつた。この教師は彼の武芸や競技に興味のないことを喜ばなかつた。その為に何度も信輔を「お前は女か?」と嘲笑した。信輔は或時|赫《かつ》とした拍子に、「先生は男ですか?」と反問した。教師は勿論彼の不遜に厳罰を課せずには措かなかつた。その外もう紙の黄ばんだ「自ら欺かざるの記」を読み返して見れば、彼の屈辱を蒙つたことは枚挙し難い位だつた。自尊心の強い信輔は意地にも彼自身を守る為に、いつもかう言ふ屈辱を反撥しなければな
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