大導寺信輔の半生
―或精神的風景画―
芥川龍之介
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)大溝《おほどぶ》
|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)或時|赫《かつ》とした
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)※[#「りっしんべん+淌のつくり」、第3水準1−84−54]
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一 本所
大導寺信輔の生まれたのは本所の回向院の近所だつた。彼の記憶に残つてゐるものに美しい町は一つもなかつた。美しい家も一つもなかつた。殊に彼の家のまはりは穴蔵大工だの駄菓子屋だの古道具屋だのばかりだつた。それ等の家々に面した道も泥濘の絶えたことは一度もなかつた。おまけに又その道の突き当たりはお竹倉の大溝《おほどぶ》だつた。南京藻の浮かんだ大溝はいつも悪臭を放つてゐた。彼は勿論かう言ふ町々に憂鬱を感ぜずにはゐられなかつた。しかし又、本所以外の町々は更に彼には不快だつた。しもた家の多い山の手を始め小綺麗な商店の軒を並べた、江戸伝来の下町も何か彼を圧迫した。彼
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