もがゆ》」を艸《さう》せし時、「殆《ほとん》ど全く」なる語を用ひ、久米に笑はれたる記憶あり。今「抽斎」を読めば、鴎外《おうぐわい》先生も亦《また》「殆ど全く」の語を用ふ。一笑を禁ずる能《あた》はず。
九月一日。
午《ひる》ごろ茶の間《ま》にパンと牛乳を喫《きつ》し了《をは》り、将《まさ》に茶を飲まんとすれば、忽ち大震の来《きた》るあり。母と共に屋外《をくぐわい》に出《い》づ。妻は二階に眠れる多加志《たかし》を救ひに去り、伯母《をば》は又|梯子段《はしごだん》のもとに立ちつつ、妻と多加志とを呼んでやまず、既《すで》にして妻と伯母と多加志を抱《いだ》いて屋外に出づれば、更《さら》に又父と比呂志《ひろし》とのあらざるを知る。婢《ひ》しづを、再び屋内《をくない》に入り、倉皇《さうくわう》比呂志を抱《いだ》いて出づ。父|亦《また》庭を回《めぐ》つて出づ。この間《かん》家大いに動き、歩行甚だ自由ならず。屋瓦《をくぐわ》の乱墜《らんつゐ》するもの十余。大震漸く静まれば、風あり、面《おもて》を吹いて過ぐ。土臭|殆《ほとん》ど噎《むせ》ばんと欲す。父と屋《をく》の内外を見れば、被害は屋瓦の墜《お》ち
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