たると石燈籠《いしどうろう》の倒れたるのみ。
円月堂《ゑんげつだう》、見舞ひに来《きた》る。泰然|自若《じじやく》たる如き顔をしてゐれども、多少は驚いたのに違ひなし。病を力《つと》めて円月堂と近鄰《きんりん》に住する諸君を見舞ふ。途上、神明町《しんめいちやう》の狭斜《けふしや》を過ぐれば、人家の倒壊せるもの数軒を数ふ。また月見橋《つきみばし》のほとりに立ち、遙《はる》かに東京の天を望めば、天、泥土《でいど》の色を帯び、焔煙《えんえん》の四方に飛騰《ひとう》する見る。帰宅後、電燈の点じ難く、食糧の乏しきを告げんことを惧れ、蝋燭《らふそく》米穀《べいこく》蔬菜《そさい》罐詰《くわんづめ》の類を買ひ集めしむ。
夜《よる》また円月堂の月見橋のほとりに至れば、東京の火災|愈《いよいよ》猛に、一望大いなる熔鉱炉《ようくわうろ》を見るが如し。田端《たばた》、日暮里《につぽり》、渡辺町等《わたなべちやうとう》の人人、路上に椅子《いす》を据ゑ畳を敷き、屋外《をくぐわい》に眠らとするもの少からず。帰宅後、大震の再び至らざるべきを説き、家人を皆屋内に眠らしむ。電燈、瓦斯《ガス》共に用をなさず、時に二階の
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