の前人を凌駕《りようが》する所以はこの人間全体を指摘した烱眼に存してゐる。湖州自身も史上の人物に人間全体を発見することは絶えず工夫を凝らしたものらしい。たとへば明治二十七八年頃の「随感録」と題する随筆は次の一節を録してゐる。
「書を読て、心緒|忽然《こつぜん》として古人に触れ、静夜月を仰ぎて、感慨湧然として古人に及ぶ。同情の念|沸々《ふつふつ》として起る。是等を観察し、彼を沈思す。大抵誤まらざるを得。」
更に略々《ほぼ》同時代に成つた「伝記私言数則」は悉《ことごとく》このことに及んでゐる。
「事実に依りて心術を悟り、心術を悟りて更に事実を解す。然れども其間往々矛盾するものあり。人は外界の事情に制せられて、己れの意志を枉《ま》げて心ならざる事を行ふ。此隠秘の関繋を説明するを至要とす。
「人は短所と長所との縫合物なり。一の長所あれば、必ず之れに短所伴ふ。短所を視れば、乃《すなは》ち其長所を知るべし。君子は其過を見て其仁を知る、亦此の意なり。能と不能とを明識するもの、始めて人を談ずべし。
「人の世に立つ、各自皆一個の位地を占む。之を見るもの同等の地位に立ちて見るを要す。決して上より見るべか
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